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2013June28
ボランティアの役割とは~東北アロマボランティアに参加して ギル佳津江
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<震災直後の混乱の中で>
2011年3月11日の東日本大震災による津波で大きな被害を受けた岩手県、その中でも陸前高田市では、市民会館や市民体育館などの指定避難所の多くが水没して避難者の大半が亡くなり、高田病院も4階まで水没するなど、市街地全域が壊滅的被害を受け、市職員の3分の1弱にあたる113人、全体では1,800人弱の犠牲者を出しました。
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震災直後は被災した各地にたくさんのボランティアが入り、善意で来て下さっているのでうれしい一方、飽和状態になってしまい、これ以上受け入れられないというようなことをニュースやネット情報で聞いていました。何か出来ることはないかと思いつつも、混乱の中で何が本当に必要なことか、何をすれば力になってあげられるのか、なかなか把握できない状況であり、本当に必要とされていない援助は返って迷惑になるとも考え、どうしようもないもどかしさを感じていた人は日本全国にたくさんおられたと思います。
ですから、私自身も直接被災地に行くのは他の方にお任せし、ご縁のあった団体に物資や寄付金を送ることでささやかな支援をさせていただいておりました。・・
<ボランティアとは何か?奉仕、福祉、慈善事業との違い>
JEAでは2003年から本格的に活動を始めた‘セラピストサービスソレイユ’というセラピストと講師の派遣事業部があります。ボランティアというのは助けを必要としている人たちに必要とされている援助を自発的に提供するものです。これに対し奉仕というのは、本人の自発性の有無に関わらず、福祉性のある行動を指します。学校や企業が行う奉仕活動には福祉性はあったとしても、常に当事者の自発性が伴っているとは限りません。それは厳密に言えばボランティアとは呼べないのではないかと感じます。
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ボランティアを行うために生じる経費も含め、すべて無償で行う無償ボランティアと、ボランティア行為そのものを無償で提供し、そこに発生する経費のみに対し支払いを受ける有償ボランティアもあります。その経費がどこから支払われるかというと、ボランティアを受ける本人であったり、第三者からの助成(赤い羽根など)や寄付(個人や団体)であったりします。この例として、毎年5月5日に大阪中之島祭りのフリーマーケットで行っているアロママッサージがあります。このブースは「木曜夜回りの会」というホームレスの方々を支える団体が開いているブースです。この団体の活動内容は毎週木曜日の夜に釜ヶ崎を回って、病気になっていたり衰弱されている方がいないか確認をしたり、もしお亡くなりになったり、入院が必要な場合には肉親を探し、肉親がいなければ代わりにその役目を担っています。その活動資金には寄付金のほか、フリーマーケットで物品を売った売り上げなども含まれます。木曜夜回りの会の方々は「見過ごすことのできない現状があってやっている。人と人との関わりの中でここまでと割り切ることはとてもできない」との思いで行っておられるのです。これは、自分の目の前でつまずいて転んでしまった人がいて、1人で起き上がることが出来ず、また、自分以外にその人を助け起こそうという人がいないから、自分が手を貸さずにはおれない、だから助けるということだと思うのです。
私たちはこのフリーマーケットで、15分500円のアロママッサージをおこない、その売り上げの中から精油代やセラピストの交通費を差し引いた金額を木曜夜回りの会に寄付しています。今年も1日の活動で5万円ほどの寄付をすることが出来ました。このように「援助する人たちを援助する」のもボランティアのひとつの形だと私は考えます。・・
話を東日本大震災に戻すと、あれほどの規模で被災した人々が1年や2年で元通りの生活を取り戻すことは困難であろうことは明白でした。家族を失い、家も流され、田畑も海水に浸かり、生活の糧を失った方々。特に若い方に比べ、高齢者の方々には再びゼロから生活を立て直すほどのエネルギーがないのではないか、どうなってしまうのだろうか?と。
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<安藤さんとの出会い>
そんな中で、昨年偶然知り合った安藤多希子さんがcocoroというボランティア活動をされており、震災直後から何度も陸前高田市にアロマボランティアに行かれていることや、被災地の状況などについていろいろなお話を聞くことが出来たのです。そのお話の中で、「2年が過ぎた今、ボランティアに行く人も少なくなったこれからが本当の意味で現地の方々の心のサポートが必要です」とお話をされていました。
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このとき、これから先も安藤さんは関東や関西など、遠方からボランティアが行って年に2回ほどアロママッサージを提供することを続けるだけで良いのかという思いをお持ちでした。被災地の方々が元気を取り戻すお手伝いとして、今後はアロママッサージを出来る人を被災地の地域に作るほうが、遠くからセラピストが行くより良いのではないかと考えておられたのです。肉体的な面だけではなく、心のサポートとしてのアロママッサージの力は大きい。そして、アロママッサージを行うこと自体が、施術者本人に癒しやエネルギーを与えてくれるのです。ですから、やはり、現地の方々の中にそういうことを出来る方を育てていくことができれば、それがベストかもしれないですねとお話をしました。
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<自分に出来ることを見つける>
人を育てていくこと。アロマスクールで講師を務める私が被災地の皆様のために出来る事はそれではないかと思い、もしよければ是非、協力させて頂きたいと安藤さんに申し出たところ、そうしていただくととてもありがたいとのお言葉をいただいたのです。
私が陸前高田市の方々に2〜3日間という短いボランティア期間中に教えられることはなんだろうかと模索し、昨年末からその実現に向け、安藤さん、そして現地コーディネーターの菅原圭子さんとメールやお電話で企画のすり合わせをしていく中で、簡単なアロマハンドマッサージと肩のほぐしケアが出来る「JEA認定アロマケアワーカー」という資格が形になっていきました。
菅原さんは岩手県奥州市にお住まいで、東日本大震災後、安藤さんの活動ほか、様々な団体でのボランティア活動に参加されていて、安藤さんの活動をずっとサポートしてきてくださっている方です。・・
安藤さんの主宰されているcocoroは、活動内容がしっかりしているおかげで赤い羽根の助成金をいただいておられましたが、2年が過ぎた今年は、緊急性が減ったとみなされたからかどうなのかわかりませんが、助成も受けにくくなり、私たちボランティアは、現地までの交通費や宿泊費などは、ほぼ自己負担の参加となりました。
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<いろいろな方の力が合わさってボランティア活動は実現する>
このような活動をするには実際、色々な準備や人の助けが必要となります。
アロママッサージを行わせていただく場所の交渉やアロママッサージを希望される方へのお知らせ、滞在中の宿の手配をしてくださる菅原さんに加え、安藤さんのボランティア活動に共感し、現地でのセラピストの移動のため車を借りて運転を引き受けてくださる木村公一さんという方のサポートがありました。交通機関の復旧が出来ていない陸前高田市で、短時間であちらこちらの施設を移動しながら活動することなど、木村さんのような方がいなければ不可能です。
木村さんは陸前高田市のご出身で、もと漁師をされておられましたが、震災以降、千葉県に出稼ぎに行かれて普段は千葉にお住まいです。アロマボランティアのたびにわざわざ仕事を休み、陸前高田に駆けつけてくださります。菅原さんや木村さんのように活動を支えてくださる方々がおられるからこそ、私たちアロマセラピストは本来の目的である「現地へ行くこと、施術すること」に専念でき、私は私で、教えることに専念させていただくことが出来たのです。・・
安藤さんが震災直後から今まで続けてこられた現地の方への無料アロママッサージや、保育所の児童たちへの「マッサージ・イン・スクール」というプログラムには毎回3〜4名のアロマセラピストが参加されてきましたが、今回は関東、関西、愛知県や青森県から8名のアロマセラピストが参加しました。JEAスクールマネージャーが仙台でレンタカーを借り、運転手の手伝いとして参加させていただくことになったから、セラピストの数を増やすことができたのです。ということで、総勢11名のチームでの活動となりました。
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<被災地の今>
6月6日朝、チームは岩手県一ノ関駅で集合し、2台の車に分乗し、陸前高田市を目指しました。津波の被害を受けた場所を実際に目にするのは私にとって初めてのことでした。
津波に加え、大きな火事が起きた気仙沼市を通ったときには、だだっ広い野原のようなところに住宅の基礎部分がたくさん残されていました。ここはもともとたくさんの住宅やビルがあったところです。そして、その原っぱのなかに、大きな船がありました。第十八共徳丸は330トンの巻き網船。津波によってビルや家をなぎ倒しながら港から750メートルも離れた場所に運ばれてきたのです。今でもこの船と、向かいに新しく立ったコンビニだけがぽつんと更地のなかに存在しています。世界遺産に残したいという希望もあるこの船を見に訪れる人々の流れは、私たちがそこにいた10分の間も途切れることがありませんでした。・・
そこを過ぎると、あの、一本松が現れます。今私たちが目にしているのは、レプリカ。本物は枯れてしまいました。
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そして、陸前高田市は、ここに町があったことなど想像できない、だだっ広い更地となっていました。
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そして、津波の前日にオープンしたばかりだったという球場の観客席は跡形もなく、ライトだけが寒々とそびえていました。そのすぐそばには廃屋となった5階建てのビルがぽつんとそのまま残されていました。
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ほんのわずかな差で家が残った人、流された人、このような運命の差も、人々の心の中で色々な葛藤を生み出しているようです。
あちらこちらにある仮設住宅。小学校の校庭に建てられているものもあります。当然、子供たちの遊ぶ場所がありません。・・
<保育園での活動>
陸前高田市に到着して昼食の後、すぐさま高田保育所へ向かいました。
保育所の職員の方々にアロママッサージをさせていただくと同時に、児童たちにマッサージ、タッチの楽しさ、気持ちよさを教えるマッサージ・イン・スクールプログラムを行ないました。
このときに私がマッサージさせていただいた職員の方々の中のある女性は、仮設住宅からいつ出られるのか、めどがまったく立っておらず、不安で夜もあまり眠れないとおっしゃられていたのが印象的でした。瓦礫は片付いていますが、2年が過ぎた今も、新しく町を作り直すという大きな作業はまだまだこれからという状態です。・・
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私たちが3日間泊めていただいた「民宿吉田」さんは、津波でもとの民宿が流され、今は、少し高台の、海が見渡せる場所に新しくオープンされたばかりでした。とてもきれいで居心地の良い場所です。そして毎晩食べきれないほどのご馳走を出してくださいました。
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<JEA認定アロマケアワーカー養成講座>
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翌、6月7日はいよいよアロマケアワーカー講座です。
菅原さんが今年の春から何度も現地を訪問し、直接色々な方とお話しするという形で奔走して下さったり、新聞社に記事を載せていただいたりしたおかげでアロマケアワーカー講座は8名定員の所に13名のご参加を頂き、6月7日・8日の2日間、米崎コミュニティセンターにて講座を開講させて頂きました。直前になって定員を上回ってしまったので、アロマボランティアとして東京から参加されていた桑本さんにもお手伝いをして頂けたのは本当に幸いでした。講座に参加された方々は、年齢、職業など様々でしたが、どなたもアロマで自分の回りの人を元気にしてあげたいという気持ちをお持ちの皆さんでした。・・
1日目はアロマのオイルを用いたハンドマッサージの実技と、アロマテラピーの基本知識を学んで頂きました。精油をいままで一度も見たこともないという方も何人かおられましたので、そういう方にも短時間の授業できちんと伝わるように工夫が必要でした。その一つとして、明日までに3名の方にハンドマッサージをしてきて下さいと宿題を出しましたが、ほぼすべての方が少なくとも1名の方にハンドマッサージの練習をしてきて下さいました。どの方もとても熱心にハンドマッサージの練習をして下さいましたので、講座終了後も練習を続けて下されば、今年秋に予定されているアロマボランティア訪問でアロマケアワーカーとしてデビューして頂けるのではないかと期待しています。
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夕刻、講座が終わり次第、黒埼温泉に移動です。すでにほかのボランティアさんが昼間からマッサージを行ってくださっていたところに合流です。ここは比較的新しく出来た温泉で、後ろはマツの森、前は海というすばらしい絶景地にあります。ここのお部屋を借りて、温泉のご利用者に無料でアロママッサージを受けていただきました。場所柄、高齢者の方が多く、ちょうど団体グループのお客様も来られていたため、セラピストはたくさんの方に施術をさせていただくことが出来ました。
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2日目は服の上から行う肩のほぐしケアを練習して頂きました。精油を入れたジェルを少し頭皮や首の付け根に塗り、爽やかな香りを楽しんで頂きながら優しいタッチでほぐしていきます。本音を言えば、あともう1~2時間あったら、もっとじっくりお伝えすることができたと思いました。そして心残りなのは、スケジュールがタイトでしたので、生徒の皆さんと交流する時間を持てなかったことです。秋に再び講座の開講がかなえば、そのときは地元の皆さんともっとゆっくり交流したいと思います。
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<これから求められるもの>
生活の必需品が問題なく手に入るようになった今、被災地の皆さんは、不安をやわらげてくれるものや、生活の中での人並みの楽しみや心の潤いを渇望していると感じました。ほっこりできるカフェや、ショッピングを楽しめるモール、心を癒すアロマサロン、娯楽施設などが必要なのだと感じました。仮設住宅から出る事がまず一番ですが、心を楽しませる施設やサービスを、現地の方々が自分たちで新しく作り出したいという夢があれば、それぞれの専門分野でそのお手伝いをさせていただくことが私たち一般市民に出来るこれからの支援のあり方ではないかと思いました。
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このたびの活動を通じて、被災していない人だからこそ出来ること、被災していない人では出来ないこと、いろいろあると思いました。密度の濃い人間関係の中で、なかなか弱音を吐くことがはばかられる場合、まったく無関係の私たちには安心して弱音を吐くことができます。それもひとつの癒しです。アロマとタッチで自然に心を開いていただき、辛さを語る言葉を受け止めることで、その方のこころを少しでも軽くしてさしあげること、そして、黙ってがんばりすぎてカチカチになった肩や腰を優しくほぐして差し上げる、これが私たちの役目ではないかと思うのです。
ただ、被災していない私たちは、1年によくても2度ほどしか現地に行くことができないのです。地元で、そういうことを専門に出来る人が育っていただくことも必要だと思います。・・
今回の活動では、安藤さん以外はまったくの初対面の方々とご一緒に働かせていただきましたが、初対面とは思えない親しさを皆さんに感じました。きっと、どのかたもセラピストとして心が開いているからではないでしょうか?だからこそ、施術を受けた相手の方も心を開くことが出来るのでしょう。
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私は東京生まれですが、関西に18年住んで、半分関西人になってしまったおかげ(せい)でしょうか?関西のボケと突っ込みがないと、いごごちの悪い身体になってしまいました。というわけで、ご一緒させていただいたセラピストさんが腹筋の筋肉痛になるのではないかと心配するほど、楽しく仕事をさせていただけたのはとてもうれしかったです。このような機会を与えてくれた大きな力に感謝し、また、関わったすべての方に感謝いたします。
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合掌
ギル 佳津江
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